すっかり遅くなってしまいましたが、前回の『バカ軍団NYに行く』の続きをようやくアップします。
大人のブログにする必要もないのですが、あまりにもバカバカしい内容なので、レベルとしては
有害図書の部類に入ると思い、あえてR18にさせて頂きました。
読み終えた時、何の充実感も達成感も味わえません。
年末の忙しいこの時期に、どうしても時間をもてあましている方だけ、お読み頂ければ
いいのではないかと思います。
NYに着くなり我々バカ軍団は3日ほどおとなしくしていましたが、その週末から
ダウンタウンに出かけ、見聞を広めるためにクラブ回りにいそしんでいました。
20数年前はと言えば、芝浦にGOLDという日本初の大箱クラブができ、ハウスミュージック全盛期でした。
ほぼ毎週末そのGOLDに行っていたボクらバカ軍団は、本場NYのクラブでブギウギしたいということで各自、
日本を発つ前に情報を仕入れていました。当時のNYにはTUNNEL、MARS、Buildingと有名なクラブが数多くあり、
週末ともなるとナイスバディーのビューティフルイケイケレディーやナイスガイな外人が集まっているとの情報があったのです。
流行の最先端NYの、更にとんがった人たちと同じ空気に触れてみたかったのです。
ボクたちは週末ともなると夜な夜な寮を抜け出しダウンタウンに繰り出して行ったのです。
しかし、どこのクラブに行っても日本人女子がいないのです。
会いたい、日本人女子に会いたい。その気持ちは、母を訪ねて三千里のマルコ少年より強い想いでした。
決してよこしまな考えがあった訳ではなく、外人さんと中々、会話が成立しないので、ここは日本人
同士NYのクラブ文化について熱く語り合いたい、と言うとても純粋な気持ちから出た要求だったのです。
でもいません。どこにも、彼女たちの姿は無いのです。
ある日、どこに行けば日本人女子に会えるんだ!という話になり、みんなでプロファイリングしました。
もっと安全な場所にあるクラブにいるんじゃないか!そんな目抜き通りにクラブはあるのか?
週末ではなく平日の早い時間ならいるんじゃないか!だいたい早い時間にクラブがやっているのか?
バカ軍団が集まり、稚拙な論理を振り回すだけ振り回し、なんの結論も出ないという、堂々巡りの旅を
続けていた時に、傍観していた仲間の1人K君が口を開きました。
それはこういうものです。日本人は旅行代理店もしくはツアコンから、深夜、女性だけの外出は控える
こと、危ない地区には行かないこと等の諸注意があるはずだ。であるならば、彼女たちは滞在している
ホテルのクラブorディスコにしか行けないことになる。彼女たちも踊りたいという欲求は必ずあるはずだ。
素晴らしい!なんて素晴らしい推察なんでしょう。コナン君と金田一少年が降臨したかのような推理です。
今のようにネットで何でも情報が収集できる時代ではありません。雑誌や地球の歩き方で、わずかな
情報を探しまくって、やっと求める情報が1つか2つ見つかるという時代です。
旅行代理店やツアコンから言われたら、素直に従うのが普通だったのです。
従って日本人に人気がある、もしくは日本の旅行代理店が強いホテルにあるクラブorディスコに行けば、
間違いなく日本人女子に会える!非の打ちどころのないK君の仮説に、全員が陶酔したのです。
こんな見事なまでのプロファイリングを、若干21歳でやってしまったK君は一躍ボクたちのヒーローになりました。
バットマンよりも、スパイダーマンよりも、彼は輝いて見えました。そして彼も自信に満ち溢れていました。
そしてK君が持論を続けます。そうと決まれば次は日本人が宿泊しそうなホテルのピックアップだ!と。
4つ5つの候補が出たところで、あるバカタレが「大体ホテルにクラブとかディスコがあるのあるのかよぉ~」と水を差して
きたのです。必ずテンションが上がった時に、こういう事を言ってくるバカタレがいるものです。
ボクは元来バカタレという生き物が嫌いなので、そいつらを無視してホテルというホテルに電話をしまくりました。
ジャ~~~ン、
ジャジャ~~~ン、
見つかりました。
我々の求める最高のホテルが見つかったのです。
五番街の近くにあるヒルトンホテルです。
何度も電話で、ダンスができる場所があるんですよね?と訊き
先方は何度も「We have」を繰り返していました。
完璧です。間違いありません。K君の読みは正しかったのです。
この答えを聞くために要した時間はざっと3時間です。
我々バカ軍団、一途な思いだけは誰にも負けません。
そうと決まると『善は急げ』です。死んだばあちゃんも言っていました。
急きょ決死隊を募り、直ぐに出動準備です。
おしゃれなシャツをはおり、かっこいいGパンをはいて、お気に入りのスニーカーで足元を決め
完璧なまでの、パチモンNYクラブ通兄ちゃんのできあがりです。
1Fのリビングルームに行くと集まったのは、たったの3人。
K君と、前回登場した歌舞伎町でホストのバイトをしていたO君、そしてボクです。
あれだけ盛り上がっておいてそれはねぇ~だろぉ~、という気持ちはあったものの、ボクの頭の中は
直ぐ先の素敵な未来しか見えていなかったので、躊躇なく行けるヤツで行こうとなったのです。
大体NYは、そんな根性なしが来るところじゃねぇんだよぉ~、とNYの1%も知らないボクは思ったのでした。
バスと地下鉄とタクシーを乗り継ぎ40分かけてヒルトンホテルに到着。
ボーイなのか誰なのか分かりませんが、クラブはどこ?と聞き、お目当てのクラブをすぐに発見。
順調です。
いよいよ突入です!
待ちに待った瞬間です。
入口にドアマンらしき人がいるので、「1人いくらですか?」と聞くと、彼は年齢を訊いてきました。
アメリカは日本より、はるかにアルコールがうるさいので、21歳以上じゃないとお酒が出る場所に入れて
もらえなかったりします。でも学校でIDカードを作ってくれていたので年齢は問題ありません。楽勝です。
しかし、ここで思わぬ事態が発生しました。
ドアマンが「ノージーンズ、ノースニーカー」と言って来たのです。
晴天の霹靂です。人生には『まさか』という坂があると、結婚式でつまらない事を言うオッサンがいますが、
正に、『まさか!』でした。
しかしここまで来て、帰るなんてできません。ここで帰ったら皆に何て言われるかと思うと、食い下がる
しかないのです。K君とボクは、何となく英語が分かったのですが、分からないフリをする作戦に出ました。
何を言われても、ニコニコしてOKとYESを連発して入ろうとするのですが、頑として入れてくれません。
O君は天真爛漫なホストですから、「あれ、なんで入んないの?、行こうよ!」と気楽なものです。
焦っている表情が読み取られないように、何とか入ろうとするのですが、敵のガードは固く、
「ソリー、ノージーンズ、ノースニーカー」の繰り返しです。しばらく、こう着状態が続いていました。
そうしたらO君が突然ドアマンの前に立ち彼の手を握り、「アイ ラブ ニューヨーク、アイ ラブ アメリカ!」と
言い出したのです。ボクたちがあっけにとられていると、「パーリーナイト!パーリーナイト!
ドュ ユー ライク パーリーナイト?」と畳み掛けるように言い出したのです。
歌舞伎町のなせる業です。さすがホストです。天真爛漫な性格に感謝です。
さすがのドアマンも、こういうヤツらと関わらない方がいいと思ったのでしょうか、
「バーカウンターで飲むだけなら入ってもいいよ」と言ってくれたのです。
15分の死闘の末にボクたちは、勝利を勝ち取ったのです。
鼓動が高まるなか、3人で颯爽とクラブに入っていきました。
ズンズン、ジャンジャンと音楽が聞こえています。
興奮度は最高潮です。待ちに待った瞬間です。
我々の目に飛び込んできた光景は、
おいちゃんとおばちゃんが社交ダンスをしています。
マンマミーーーーアーーーーーーー
そうです。ここは紳士淑女が社交ダンスをする場所だったのです。
想像を超えた時、人は話せなくなるものです。
ボクもK君も、しばらく自分を見失っていました。多分まばたきもしていなかったと思います。
気を取り戻し、打ちひしがれているボクたちを横目に見ながら、なぜかO君は上機嫌です。
「入れたね、やっと入れたね。よかったよね!」
K君とボクは、彼に何と返事をしたのかさえ覚えていません。
人生から数分間の記憶が完全に飛んでしまいました。
カウンターでビールを頼み、チビチビ飲んでいるK君とボク。
そこに1人のご婦人がいました。年の頃は50代前半でしょうか。当時21,2歳のボクたちからすると
その人は、ちょっとしたおばあちゃんに見えました。外人は特に年齢より老けて見えるので、実際は
もう少し若かったのかも知れませんが、少なくともストライクゾーンからは、かなりかけ離れていました。
そのご婦人が「あなたたちは、どこから来たの?」と話かけてきたので、「日本です」と答えたら、
「日本はいい所ですね」と言うので「サンキュー」と言い、たわいもない会話で適当に時間を潰していました。
この場を早く出たいという気持ちと、苦労して入ったので、何とか楽しみを見つけたいという感情が入り交じり
何とも落ち着かない状態になっていました。恐らくK君も同じだったんだと思います。
なんせ2人の間には、ほぼ会話がないのです。口から出る言葉はお互い力なく「どうするぅ~」だけです。
丸の内のしゃがれた喫茶店で、金曜日の夕方に誰からも誘われないOL2人のテンションと同じです。
気が付くと、なぜかハイテンションのO君が、先ほどのご婦人と身振り手振りで話をしています。
確か彼はイミグレで軽く事件を起こしたS君よりも英語がダメなはずなのに…、
近くに寄ってみるとO君が「なんかこの人カラテが好きみたい」と言って、本人は経験もないのに
空手の型を見よう見真似でやったら、気に入られたそうです。
ここでも彼はホスト魂を如何なく発揮しています。
ボクたちは仲間です。楽しんでるO君を更に楽しませてあげようと思ったのです。そして彼にこうアドバイスしました。
「あの女の人の耳元で、『シャル ウィー ダンス』と言うと彼女は喜ぶと思うよ」と。
O君は、それは何の意味なんだ?と訊きますが、ボクとK君は大丈夫、大丈夫を繰り返しました。
こういう場面で、大丈夫だと言って大丈夫だったことは先ずありません。でもO君は歌舞伎町で切磋琢磨
してきた人間です。ノリを重んじる人間です。「まぁ何でもいいや、じゃオレ言ってくるよ」といい彼女に近づくO君。
よっ、成田屋! よっ、高麗屋!歌舞伎町人生が炸裂です。
O君の最後を見届けようと思い、ボクたちも近くまで行きました。「シャル ウィー ダンス?」とO君がハッキリとした
口調で言ったら、ご婦人が笑顔で「Yes let’s dance!」と言い、O君の手を取りダンスフロアーに消えていきました。
O君はダンスを誘ったとは思っていないので、「ちょっと、ちょっと、えっ、K君、ねー」と言っていましたが、友達思いの
ボクたちは彼に手を振り笑顔で見送ってあげたのです。彼がフロアーでご婦人と手と手を合わせ社交ダンスのような、
ヘンな踊りをしているのを目にし、何となく目的は達成されたんじゃないだろうか、と不思議な達成感に包まれたのです。
ちなみに3人のうちO君だけはジーンズではなく、吉川晃司のような歌舞伎町ホストスタイルだったので、
フロアーでのダンスは問題なかったのです。
ボクたちはO君をご婦人にお任せし、さっさとその場を後にしたのでした。
K君と相談した結果、いつも一緒に行っていたロコだらけのクラブに行くことにしました。
そうしたら、そこで何と日本女子を発見するという奇跡が待っていたのです。
ちなみに寮を出る時に「もし、日本人女子を寮に連れて来たら」という賭けをしていたので、
ここはK君と力を合わせ一致団結して、女子たちと仲良くなり寮まで来てもらう作戦を立てたのです。
オペレーション、ボクたちと一緒におうちに行っちゃおう作戦の開始です。
彼女たちは5つくらい年上だったこともあり、話しはトントン拍子に進み、色々事情を説明し、
帰りのタクシー代を渡すから一緒に寮に行こうと誘い、OKをもらったのでした。
そうですボクとK君は賭けに勝ったのです。ちにみに1人$10だったのでトータル$100以上にはなったと思います。
でもタクシー代で$50渡したので、K君とボクの手元には$30くらいしか残らなかったと思いますが、お金ではあり
ません。賭けと、根性なしの仲間に勝ったことが嬉しかったのです。
イミグレで「佐々木 信也」と叫び、ちょっとしたパニックになったS君もクラブは大好きだったのですが、
決行の数日前に、彼は急性腸炎になり救急車で病院に運ばれ、外人サイズのモルヒネをがっつり打たれ
ラリパッパ状態で全行程の1/3を病院で過ごすという貴重な体験をしていたのでした。
ちなみにK君は、現在、著名なカメラマンとして活躍しております。
彼がカメラマンを志したのは、NYにカメラを持っていったのがきっかけだったのです。
次回、『班長F君、達者な英語で撃沈する』の巻をお届けします。